目次
- はじめに
- 解雇について
- 労働紛争のながれ
- 労働紛争の予防策
- おわりに
1 はじめに
求人募集に応募して採用されなかったからといって、「なんで自分を採用しないんだ」、と会社に文句を言う人はあまりいません。心の中でそう思ったとしても裁判まで起こす人はまずいないと思います。しかし、労働契約の終了については、トラブルになりやすいです。特に会社の側からやめさせたいとなるとなおさらです。円満な労働契約の終了に向けてどんなことに留意したらいいのでしょう。社員トラブルの中で特に多い、労働契約の終了に関する紛争の予防策について会社側目線で考えていきます。
まずは、労働契約の終了の種類から見ていきます。労働契約の終了には、次のような種類があります。
1. 解雇(使用者からの労働契約の解除)
2.任意退職(労働者からの労働契約の解除)
3.合意退職
4.定年退職、休職期間満了、行方不明による当然退職
5. 雇止め(有期雇用契約の更新をしないことで労働契約を終了させること)
さらに解雇には、普通解雇、整理解雇、懲戒解雇、内定取り消し(本採用拒否)があります。1と5については、トラブルになりやすいので、労働基準法、労働契約法等でも厳しく規制されています。初めに言ってしまいますが、解雇は、この日本においては難しいです。解雇をしないことが、社員トラブルにならないための一番の方法です。
労働契約の解除は、従業員からすると職を失うことになり、給与の支給を受けられなくなります。従業員の気持ちを考え、これまで働いてくれたことに対して感謝の気持ちを伝え、敬意を払って対応したいです。
2 解雇について
解雇には厳しい規制が課されています。
(労働契約法16条)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
解雇が有効と認められる為には、客観的合理性と社会的相当性の2つの要件を満たさなければなりません。例えば、「遅刻1回で解雇にする。」と就業規則に記載があれば客観的に合理的な理由にはなり得ます。今度は、「遅刻1回で解雇にする。」が社会通念上相当かどうか、が判断されます。社会通念上相当かどうかは、個別の事例により総合的に判断されます。また、新卒のゼネラリストに対する能力不足を理由とする普通解雇の場合、単なる能力不足で解雇するのは、基本的には難しいです。能力不足を改善するような指導・教育を再三行い、また、配置転換等の解雇回避措置も実施する必要があります。
バックペイとは
裁判になり、会社が主張する解雇が無効であると判決された場合、会社は従業員に対して、解雇によって就労が拒否されていた期間の賃金を支払わなければなりません。解雇時点に遡って賃金を支払わなければならないことから、バックペイと呼ばれています。解雇が無効である場合、会社の責任で労務を提供できないと判断されるため(債権者の責めに帰すべき事由による就労義務の履行不能)、従業員は賃金請求を失わないと解釈されています(民法536条2項)。
地位確認請求とそれに関連する賃金(バックペイ)請求においては、金額が大きくなる傾向にあり、弁護士や労働組合に依頼しやすくなります。たとえば、裁判に1年かかって解雇無効の判決が出た場合、1年分の賃金と遅延損害金を支払わなければなりません。これが、解雇がトラブルに発展しやすい理由の一つです。また、復職が認められる場合には業務への影響も大きくなります。
3 労働紛争のながれ
解雇紛争に発展した場合の典型的な流れは、次のようなになります。
解雇 → 本人からの異議 → 弁護士からの内容証明や労基署からの連絡
→ 示談交渉 → 労働審判(又は 労働訴訟)
労働審判とは、事業主と労働者の労働関係のトラブルの解決に特化した裁判所の紛争解決制度です。短期間での解決をめざし、申し立てから概ね3カ月弱で終了します。原則として3回以内の期日で終了するという縛りが設けられているため、短期間で決着がつくという特徴があります。労働訴訟は、3回の期日では解決の見込みが薄く、争点が複数ある複雑な事案等で選択されます。6~7割は、途中で和解になるようです。
4 労働紛争の予防策
解雇紛争で労働審判や労働訴訟となると、会社が不利な立場に追い込まれることが多いようです。想定される勝ち見込み、金銭的・業務的影響や紛争解決に係る期間等、様々な事情を総合的に勘案して対応することになると思いますが、大事なことは予防ではないでしょうか。紛争が起こる前に日ごろから、トラブルに発展しないように次のような対策をしておきたいです。
- 就業規則の周知と整備
就業規則は、周知してはじめて効力を持つとされています。周知の方法は、作業場の見やすい場所への掲示・備え付け、書面の交付、または電子媒体に記録し、それを常時モニター画面等で確認できるようにすること、があります。そして、規定が現状に合っているかを確認しましょう。特に服務規律、解雇、懲戒、休職等の規定は重要になります。
- 労働条件通知書で求められる労務のレベルをできる限り定めること
労働者との契約においてどのような業務・ポジションを与えるのか、期待したレベルに達しない場合に配置転換を予定しているのか、どの程度の能力・成果を期待しているのかを記載することです。新卒の一括採用であれば、これは実務上難しいかもしれません。しかし、即戦力の中途採用であれば、例えば入社後6か月でこのくらいの業務や成果を期待する、といった感じで部分的にでも記載できるのではないでしょうか。求人募集や面接段階で記載できれば効果的だと思います。能力不足を理由とする解雇の場合は、雇用契約で定められたレベルの労務を提供していない、すなわち労働者側の債務不履行が認められる可能性を高められると思います。また、労働者側にしても納得性が高まると考えられます。
- 面談の実施
労務レベルをできる限り定めることにも関係しますが、日ごろから労働者とコミュニケーションをとることが大切です。当たり前のことですが、意外とできないものです。人事考課や評価制度で定期的な面談を取り入れるのもコミュニケーションをとる一つの方法です。
- 解雇に踏み切る前の準備
会社にて「これ以上対象従業員との雇用契約を続けることはできない。」と感じた場合、解雇よりも緩やかな措置(配置転換、降格や降給の実施、教育改善の実施、退職勧奨の実施)を検討します。これらの措置を検討・実施したが、解雇は避けられない、となった場合、解雇に踏み切る前の準備を開始することになります。数カ月の時間をかけて行うのが望ましいです。日頃から教育改善の内容や能力不足、規律違反の指摘や注意は記録に残る形で行うことが理想です。始末書も書面で提出してもらい保管しておきます。いきなり解雇せず、退職勧奨を前置するのがセオリーです。また、職種限定合意がある場合の配置転換も、まずは職種変更の打診を行うのが望ましいです。「職種限定の合意がある中では、労働者の同意を得ずに職種変更を伴う配転を命じる権限を使用者はそもそも有していない」とし、最高裁は審判を大阪高裁に差し戻す判決を下しました。(2024年4月26日 滋賀県社会福祉協議会事件) 部署や事業場の異動を実施する場合には、労働者との間の雇用契約の内容を確認するべきでしょう。(労働条件の明示事項については、こちらをご参照ください。)手続上の準備としては、解雇する場合、原則として、少なくとも30日前にその予告をしなければなりません。30日前に予告しない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければなりません。
5 おわりに
個人的な意見ですが、雇用契約を続けることはできないと会社が確信したならば、配置転換ではなく退職勧奨の方が望ましいと思います。もちろん、退職勧奨に対象従業員が応じるとは限りませんし、応じる義務はありません。しかし、退職勧奨は交渉です。少なくともコミュニケーションは取れるわけです。現実問題として、会社の方が一人の労働者よりも圧倒的に強いわけです。いろいろな条件を飴とムチとして使い分けることもできます。解決金の支給や離職理由を会社都合にする、これまで働いてくれたことの感謝、等のメリットを飴として使うことができます。交渉決裂しても構わない、という態度で会社が交渉に臨めば労働者にもそれなりのプレッシャーがかかります。雇用契約の終了を目的とするなら、対象従業員を配置転換し、自己都合退職に追い込むことまでは不要ではないかと思います。退職勧奨に応じ会社都合で退職すれば、雇用保険の基本手当に関しても、支給制限期間の有無や支給日数にもかなりの違いが出る場合があります。被保険者期間が長いとより違いが大きくなりやすいです。また、退職勧奨で会社と交渉できれば、完全に納得はできないにしても従業員も多少なりとも心の整理はできるのでなないでしょうか。従業員も、その方が前を向いて今後の人生を歩いていけると思います。
私事で恐縮ですが、最初に就職した会社の静岡営業所に、関西弁で小柄で「とっちゃん坊や」みたいな上司がおりました。尊敬しておりましたが、配偶者の稼業を継ぐために退職し、部下であった期間は1年間のみでした。退職時の職場での挨拶で少し涙ぐむ人もいました。退職後に「退職のご挨拶」のハガキが届きました。円満退社である、充実した日々を過ごすことができた、公私にわたりお世話になった、旨が書かれており、自分も退職の際は、こんな挨拶をして、こんな挨拶ハガキを書きたい、と考えておりました。そのハガキは今も捨てずにとってあります。しかし理想的な退職は自分にはできませんでした。実際には円満退社は難しいものだ、と今は感じております。